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広島ゴルフ倶楽部八本松コース
かつて広島市内の東練兵場を拠点としていたゴルファーたちは、「二葉ゴルフ倶楽部」を組織して活動していた。その後、同倶楽部を発展的に解消し、八本松に本格的なコースを建設するにあたって「広島ゴルフ倶楽部」を設立したのである。

戸田藤一郎が米国で2位の快挙
1935(昭和10)年の4月から8月にわたって行われた日本人プロゴルファーの第二次米国遠征からわずか4カ月後、陳清水と戸田藤一郎は再び米国に渡ることになった。ウインターサーキット(ウインタートーナメントという表記もあり)と呼ばれる一連のトーナメントに出場するためである。

二葉ゴルフ倶楽部と画家・南薫造
二葉ゴルフ倶楽部(以下、二葉GC)は、現在の広島ゴルフ倶楽部の前身であり、広島県において最初に創設されたゴルフ倶楽部である。

日本人プロの第二次米国遠征
日本人プロ初の米国遠征のメンバーであった宮本留吉、安田幸吉、浅見緑蔵の3人に陳清水、中村兼吉、戸田藤一郎を加えた6人のプロたちは、1935(昭和10)年4月9日に横浜港から日枝丸で米国に旅立ち、21日にワシントン州のシアトルに到着した。

サンドウェッジ(Sand Wedge)の起源と変遷
ゴルフ用具の歴史において、サンドウェッジ(Sand Wedge)の登場は、プレーの質を根本から変えた最大の転換点の一つである。

マッシー(Mashie)
現代の5番アイアンに相当する「マッシー」は、ニブリックの次に誕生したアイアンクラブである。1890年頃に世に現れ、それまでのアイアンの概念を塗り替えていった。
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日本人が初めて創ったゴルフクラブ
1914年、東京・駒沢の地に、日本人が日本人のために初めて創ったゴルフクラブ、東京ゴルフ倶楽部が誕生した。
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