HISTORY 競技
全米女子オープンゴルフ選手権 日本選手の記録
日本選手の全米女子オープン初参加は
1970(昭和45)年の樋口久子と佐々木マサ子
現在開催されている女子のメジャー5大会の中で最も歴史があるのが1946(昭和21)年に創設された全米女子オープンゴルフ選手権(以下全米女子オープンと表記)である。
この大会に日本選手が初めて参加したのは1970(昭和45)年。同年から米女子ツアーに挑戦していた樋口久子と佐々木マサ子だった。2人は全米女子オープンを終えると帰国して国内のトーナメントに集中するスケジュール。樋口はここまで9試合をこなし、最高9位に入ったほか全米女子プロゴルフ選手権(以下全米女子プロと表記)19位などすべて30位以内と安定した成績を残していた。だが、初めての全米女子オープンは78、73の9オーバーパー、151で後半に進めなかった。佐々木も36ホールで姿を消している。樋口は計4回出場。全米女子プロでは1977(昭和52)年の優勝をはじめ10位以内が5回と相性が良かったが、全米女子オープンは13位が最高と好結果を残せなかった。

何度も優勝争いを演じたが、優勝には手が届かなかった岡本綾子
1987(昭和62)年、
プレーオフで敗れた岡本綾子
1980年代になると岡本綾子が上位の常連となる。2回目の出場となった1983(昭和58)年から3年連続8位のあと、1986(昭和61)年には第3ラウンドを終えて首位のベッツィ・キング(米国)から1打差の2位につける。最終組で回った最終ラウンドはアウトで40と崩れて後退するが11、12番の連続バーディで再び優勝戦線に加わった。だが、以降はチャンスで決めきれずに1打差3位に終わっている。
翌1987(昭和62)年、岡本は通算3アンダーパー、1打差首位で第3ラウンドを終えた。雨で1日順延となった最終ラウンド、岡本はパープレーの72と伸ばせず、勝負はジョアン・カーナー(米国)、ローラ・デービース(英国)とのプレーオフに持ち越された。翌日行われた18ホールストロークプレーのプレーオフで勝ったのは71で回ったデービース。岡本は73で戴冠を逃した。この大会で当時18歳の服部道子が21位に入って日本選手初のローアマチュアを獲得している。
1993(平成5)年には小林浩美が最終ラウンド最終組でメジャー制覇に挑んだ。2打差2位にいた小林はパーを重ねて一時は首位に並んだ。だが、チャンスでバーディパットが決まらない。13番までパーを続けたあと、14番でボギーが先行。18番もボギーとして3打差の4位で大会を終えた。
2014(平成26)年から
出場権をかけた予選会が日本で開催
その後、日本選手は長く優勝争いから遠ざかる。次に5位以内に入ったのは18年後、2011(平成23)年のことだった。この年は悪天候が続いてスケジュールが大幅に乱れた。大会4日目は36ホールの長丁場となり、第3ラウンドと最終ラウンドで組み替えなし。最終組(通常第3ラウンド以降は2人1組だが、この年は3人1組)には通算5アンダーパーで首位の宮里美香、1打差2位の宮里藍という日本選手2人が入った。第3ラウンドはともに76で宮里美香が1打差4位、宮里藍は2打差6位に後退する。最終ラウンドは雷による中断があり最終組が13番を終えたところで日没サスペンデッドに。この時点で2人とも首位との差は6打に開いていた。翌日、再開後はやや盛り返したが宮里美香が5位、宮里藍は6位という結果だった。
2014(平成26)年からは出場権をかけた予選会が日本でも開催されるようになり、日本選手の出場機会が増えた。この年は前年から倍増となる12人の日本選手が参加している。予選会にはアマチュア選手も参戦。2015(平成27)年には中学3年生の山口すず夏が予選会を突破し、14歳341日の日本選手メジャー最年少出場記録をつくっている。
2019(令和1)年には比嘉真美子が第1ラウンドで6アンダーパー、65をマークして1打差首位に立ち、第2ラウンドは71で1打差首位をキープ。最終的には5位となった。
新型コロナウイルスの世界的感染拡大の影響で開催が12月に順延された2020(令和2)年は前年のAIG全英女子オープン覇者・渋野日向子がメジャー2勝目への期待を抱かせてくれた。第2ラウンドを終えて3打差首位に立ち、第3ラウンドは74と苦戦したが1打差で首位を維持。悪天候で1日順延となった最終ラウンドは苦しみながらも首位を守っていた。だが10番ボギーで陥落。最終的には2打差4位に終わった。

日本選手として初めて全米女子オープンを制した笹生優花
(2021年撮影)
日本選手の全米女子オープン初制覇は
2021(令和3)年の笹生優花
翌2021(令和3)年、ついに日本選手が全米女子オープンを制する日が訪れた。会場はカリフォルニア州のオリンピッククラブレイクコース。第3ラウンドを終えて6打差6位にいた畑岡奈紗が3アンダーパー、68を出して通算4アンダーパーでホールアウトする。1打差2位につけていた笹生優花(当時は父方の日本国籍と母方のフィリピン国籍を有しており、フィリピン選手として登録していた。その後、日本国籍を選択)は2、3番の連続ダブルボギーから反撃して優勝争いに復活する。一時は独走態勢を築いていたレクシー・トンプソン(米国)が終盤大きく崩れて脱落。通算4アンダーパーの首位で並んだ畑岡と笹生が2ホールの合計ストロークによるプレーオフに進出した。2ホールをともにパーと互いに譲らず、サドンデスに突入。その最初のホールでバーディを奪った笹生に凱歌が上がり、19歳351日の大会最年少優勝記録も打ち立てた。
2023(令和5)年、第3ラウンドで66を叩き出した畑岡が1打差の首位に躍り出る。だが、2年前の雪辱をかけた最終ラウンドは76と苦戦して4位に甘んじた。
2024(令和6)年、笹生がまたも躍動する。3打差5位で迎えた最終ラウンドで68をマークして逆転。日本選手初のメジャー2勝目をつかみ取った。この大会では笹生のほか2位に渋野、6位に古江彩佳、9位に小祝さくら、竹田麗央と10位以内にメジャー史上最多となる5人の日本選手が名を連ねている。
2026(令和8)年にはメジャー史上最多となる23人もの日本選手が出場した。総出場人数も2026年まででのべ340人とメジャー5大会の中で最も多い。成績は優勝が2回、2位が4回、3位が1回あり、10位以内は計32回を数えている。
文/宮井善一
全米女子オープンゴルフ選手権日本選手各種記録
| 項目 | 記録 | 選手名等 |
|---|---|---|
| 最多出場回数 | 14回 | 岡本綾子 |
| 最多第3ラウンド進出回数 | 13回 | 岡本綾子 |
| 最多10位以内回数 | 6回 | 岡本綾子 |
| 最高成績 | 優勝 | 笹生優花(2021、2024年) |
| 18ホール最少ストローク | 65(-6) | 岡本綾子(1989年4R) |
| 65(-6) | 比嘉真美子(2019年1R) | |
| 72ホール最少ストローク | 276(-4) | 笹生優花(2024年) |
| 72ホール最多アンダーパー | -5(283) | 小林浩美(1993年) |
| -5(283) | 竹田麗央(2025年) | |
| 最年長出場 | 44歳102日 | 岡本綾子(1995年) |
| 最年少出場 | 14歳341日 | @山口すず夏(2015年) |
| 大会別最多出場人数 | 23人 | 2026年 |
| 大会別最多第3ラウンド進出人数 | 14人 | 2024年 |
| 大会別最多10位以内人数 | 5人 | 2024年 |
| プレーオフ進出者 | 岡本綾子(1987年)負 | |
| 笹生優花(2021年)勝 | ||
| 畑岡奈紗(2021年)負 | ||
| ローアマチュア | @服部道子(1987年) | |
| @小山美保(1993年) | ||
@はアマチュア
参考文献
日本ゴルフ殿堂ウェブサイト『海外メジャー日本人選手成績』
『GOLF HISTORY of JAPAN Vol.2』(日本プロゴルフ殿堂)
USGAウェブサイト
LPGA Tour Online Media Center
『スポーツニッポン』1986年7月15日付、1993年7月27日付、2011年7月11、12日付、2020年12月16日付
INDEX

