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アイアンクラブの呼称と変遷
史実によれば、現代のアイアンのルーツとなるロフトのあるアイアンは、まずニブリック(現代の9番アイアンに相当)、次にマッシー(同5番アイアン)、そしてクリーク(同1番アイアン)の順に誕生した。

HISTORY
武蔵野カンツリー倶楽部・平山コース(1924~1926年)
東京都日野市平山および八王子市堀之内の丘陵地(現・都立平山城址公園一帯)には、かつて「平山ゴルフ場」と呼ばれた「武蔵野カンツリー倶楽部・平山コース」が存在した。

HISTORY
小寺酉二
小寺酉二は戦前、トップアマとして鳴らし、戦後は日本ゴルフ協会(JGA)の常務理事としてゴルフの復興に尽力、並行して相模原ゴルフクラブ東コースを設計するなど、多方面で長く活躍した人である。

HISTORY
日本人選手初のメジャー挑戦
1931(昭和6)年、6月6日。米国から英国へと渡った宮本留吉は、全英オープンの予選会に出場。速いグリーンに苦しむも、見事、予選会を突破、全英オープン本選の出場権をつかみ取った。これが日本人選手のメジャー初出場である。

HISTORY
鍋島直泰
日本アマチュアゴルフ選手権を三連覇した日本人は過去3人しかいないが、それを最初に成し遂げたのが、「殿様ゴルファー」とも言われた鍋島直泰であった。

HISTORY
日本人プロゴルファー初めての米国本土遠征
日本オープン上位3名、浅見緑蔵、宮本留吉、安田幸吉が、日本人として初めて米国本土遠征。宮本と安田はハワイアンオープに続く2回目、浅見は初めての海外遠征となった。

