HISTORY 競技
日本初のプロゴルフ競技
わずか6人で始まった
“第1回日本プロ”
日本で初めてのプロ競技が行われたのは1926(大15)年7月のことだ。大会名は諸説あるが、創設に大きな役割を担った大阪毎日新聞には「全日本ゴルフ・プロフェッショナル卅六ホール・メダルプレー争覇戦」と記載されている。これが、後の日本プロゴルフ選手権、通称日本プロである。
日本プロゴルフ協会30年史には、茨木カンツリー倶楽部会員で大阪毎日新聞社の豊川良之助氏が顔なじみの宮本留吉から日本にはまだプロの試合がないことを聞き、同社主筆の高石真五郎氏らに働きかけて大会開催に至ったという経緯が記されている。宮本は自著『ゴルフ一筋~宮本留吉回顧録』(ベースボール・マガジン社)で「豊川さんは米国で生活していた時、自動車レースにも出たというスポーツマンである。米国のプロゴルフの事情もよく知っていたので、日本でもやったらどうか、と考えたようである」と回想している。
日本で初めてのプロ競技に参加した6人のプロたち。右から越道政吉、安田幸吉、福井覚治、村上伝二、関一雄、宮本留吉
第1回大会の会場は大阪・茨木CC
記念すべき第1回大会は茨木、舞子、甲南、鳴尾の関西4倶楽部が主催、大阪毎日新聞社が後援という形で7月4日に大阪の茨木カンツリー倶楽部で開催された。
参加者は6人。茨木所属の宮本留吉、舞子所属の福井覚治、甲南所属の越道政吉、鳴尾所属の村上伝二の関西勢4人と、関東から遠征してきた安田幸吉、関一雄という面々だった。
当日は雨。当時のゴルフ雑誌、ゴルフドムは「折悪しく雨天でコースは軟らかくグリーンにはカジュアルウォーターが沢山あり、且つかなり風が強く非常に悪いコンディションであったためにプレーヤーのスコアは高くなった」(編注:原文ではゴルフ用語は英語表記。一部現代語訳)と報じている。
1日36ホールで争われたこの大会は最初の18ホールを終えた時点で福井と宮本が80で首位タイ、越道が81で追う展開となった。後半の18ホールもこの3人が接戦を繰り広げ、通算161のタイでホールアウト。プレーオフは6日後の7月10日に行われることになった。
しかし、越道が前半の18番ホールでウォーターハザードの処置を誤っていたことが分かり、失格。初めてのプロ競技で、初めての失格者となった。
大阪毎日新聞は翌日の紙面で「コースの状態が悪かったのは事実で一般にスコアが悪かったのはやむを得ないが、これを酌量してもきょうの試合はプロフェッショナルとしては甚だ失望的なものといわねばなるまい」(編注:一部現代語訳)と厳しく伝えている。
初代日本プロ優勝者となった宮本留吉(1977年撮影)
初代チャンピオンはプレーオフを制した宮本留吉
福井と宮本によるプレーオフは快晴の空の下、午後零時30分にスタートした。プレーオフも36ホールの長丁場。前半の18ホールで宮本が72の好スコアを出し、福井に7打差をつけて優位に立った。後半の18ホールは2人とも37、44の81。宮本が7打差で初代チャンピオンに輝いた。
大阪毎日新聞は概評として「第1ラウンドの宮本はまことに見事なプレー振りを発揮した。宮本の最も秀でたところはティーショットであるが今日はランがあまりないにもかかわらず終始三百ヤードは飛ばしていた。福井はステディーではあるが宮本に比べて差があった。もし福井が今少しアプローチとパットに強みがあればもっと面白いゲームが見られたと思う」(要約。一部現代語訳)と記述。ゴルフドムは大会全体の評として、「プロフェッショナル達はティーショットに於いてはかなり優秀な技術を現したけれどもアプローチやパッティングになお甚だしく研究の余地を持つもののようであった」(編注:原文ではゴルフ用語は英語表記。一部現代語訳)と述べている。
残念ながら大阪毎日新聞にもゴルフドムにも選手のコメントは残されていない。
この大会は賞金がなかった。賞金が出るようになったのは翌年の第2回大会からであった。日本プロゴルフ協会30年史には「“賞金はなかったけど、純銀のカップをはめこんだ額が嬉しかった”と生前の宮本は感想を語っていたものだ」という文章が記載されている。
第1回日本プロ成績
順位 | 選手名 | ハーフ毎のスコア | Total |
---|---|---|---|
1 | 宮本留吉 | 38 42 43 38 | 161 |
2 | 福井覚治 | 42 38 41 40 | 161 |
3 | 関 一雄 | 42 43 41 44 | 170 |
4 | 安田幸吉 | 49 46 39 42 | 176 |
5 | 村上伝二 | 46 43 46 45 | 180 |
※越道政吉は41・40・40・40、161でホールアウトしたが、競技失格。
プレーオフ
選手名 | ハーフ毎のスコア | Total | |
---|---|---|---|
優勝 | 宮本留吉 | 34 38 37 44 | 153 |
福井覚治 | 38 41 37 44 | 160 |
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