駒沢育ち、不屈の日本アマチャンピオン

川崎肇　
Hajime Kawasaki
1884（明治17)－1948（昭和23）

　日本アマチュアゴルフ選手権は1907年に創設されたが、1906年に一色虎児が出場するまでは、参加者は在留外国人ばかりであった。ようやく18年に井上信が日本人として初優勝、そして翌年には川崎肇が二人目の優勝者となった。川崎は24年、25年にも優勝し、計３勝を成し遂げた。しかし、この２勝目、３勝目への道のりは決して平坦ではなかった。
　川崎肇の祖父・初代川崎八右衛門は水戸藩の為替御用達を託されていたが、明治維新後、東京に出て川崎組を設立、川崎金融財閥（神戸川崎財閥とは別）と呼ばれるまでに育てた。肇は初代八右衛門の娘なかと婿・東作の長男として1884年に生まれ、東京高商（現在の一橋大学）から米・アイビーリーグの一校、ペンシルベニア大学に留学した。1909年卒業、帰国とともに川崎財閥の日本火災、川崎貯蓄銀行の取締役に就任した。さらに、保険と金融の視察のため欧米各国を訪問した。ただし、これらの海外経験のさ中にゴルフには触れていない。
　肇がゴルフを始めたのは、東京ゴルフ倶楽部駒沢コースの創設がきっかけだった。1913年秋、創設者の一人、樺山愛輔（白洲正子の父、白洲次郎の岳父）から君も入ってくれないかと誘われて入会し、翌年ゴルフを始めた。肇によると「樺山愛輔氏に誘われて以来というものは、これ（ゴルフ）に大変興味を持ちまして、ほとんど毎日のように（駒沢に）参りましたが、その当時はゴルフ倶楽部には10日間も誰一人来る人はなかったのでございます。春過ぎて夏になりましても誰も来る人はありませんでした。」（ゴルフドム1930年８月号）という時代で、出勤前と勤務後にひたすら練習に打ち込んだ。

けがを乗り越え、
アマチュアゴルフ界の中心的存在に

　もともと柔道やテニスの経験もあり、体格もよかったから上達は早かった。２年後には倶楽部選手権に優勝してしまう。そして、1918年の日本アマでは日本人初優勝の井上信に次いで２位、19年の根岸で肇はついに日本アマ初優勝を遂げた。この頃、同世代で競った井上信や大谷光明たちはみな海外仕込みのゴルファーだったから、文字通り国産、駒沢育ちのチャンピオンと言えた。仕事の面でも、川崎財閥の火災保険、信託などのトップを務めるなど、不惑を前に人生の充実期を迎えたように見えた。
　ところが、ここからが大変な道のりとなった。1923年9月関東大震災で旧赤坂台町一番地の自宅が被災、妻キヨ（大日本帝国憲法草案者の一人である金子堅太郎の娘）を亡くす。さらに翌24年春、程ヶ谷カントリー倶楽部の帰り事故にあい、左目を失明する。
　これらの不運にも関わらず肇はあきらめなかった。駒沢や程ヶ谷の倶楽部競技では苦戦が続き、同情する声もあったという。その中で同年10月17日、駒沢で行われた36ストロークプレーの日本アマで肇は大谷光明、赤星四郎、野村駿吉と並び169で4人のプレーオフに進んだ。そして、翌月のプレーオフでは２位に４打差をつけ優勝、「光栄ある月桂冠はついに独眼竜の頭上に輝いたり」と讃えられたという。肇は翌25年の神戸ゴルフ倶楽部でも連勝、日本アマ通算３勝を数えた。
　その他にも、1926年上海で行われたチャイナアマゴルフ選手権に大谷光明、赤星兄弟たちと遠征したり、関東関西対抗競技ではキャプテンを務めるなど、当時のアマゴルフ界の中心的な存在となった。

　ところで、肇と赤星四郎は同じペンシルベニア大学の出身、肇の方が11歳年長になる。そして、日本アマのプレーオフや決勝で競う間柄になった。肇は自らが経営する会社の取締役に四郎を招くなど、信頼を寄せた。家族ぐるみの付き合いを深めていたが、その頃のことを、後に四郎の次女・隅田光子がこう書き残している。「川崎のおじ様はハンサムで、今考えてもそれはそれは素敵な紳士だった…父が生涯の中で一番気の合った方だと思う…何しろ朝食から伺い、ゴルフも後輩、年中お会いしていたにもかかわらず、一度もトラブルがなかった…おじ様が戦争中に戦争反対の会話をされていたのをコックに盗聴され、軍部に調べられたようだが、この時も含め、どんな場面でも父はおじ様の味方だった。」（「赤星家のゴルフDNA」隅田光子・ゴルフダイジェスト社刊）
　戦後、川崎肇と赤星四郎が亡くなった後、それぞれの孫同士が結婚したという。まさにゴルフが育み、磨き上げた人間関係と言えるだろう。 

文／河村盛文

参考文献：
雑誌「ゴルフドム」1925年10月号、26年10月号、27年10・11月合併号、28年10・11・12月合併号、30年８月号、11月号
「日本ゴルフ全集７・人物評伝編」井上勝純編
「外人だけの選手権」摂津茂和著
「赤星家のゴルフDNA」隅田光子・ゴルフダイジェスト社刊