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HISTORY ゴルフ用具

クリーク(Cleek)

 現代でこそ「5番ウッド」の代名詞として知られる「クリーク(Cleek)」だが、そのルーツは意外にも木ではなく「鉄(アイアン)」にある。19世紀から20世紀初頭にかけて、クリークはアイアンクラブの代名詞であった。本稿では、この言葉の言語学的な「語源」と、歴史的な背景に基づく「由来」について整理する。

 

SPALDING ARGYLE CLEEK(1905年〜1910年代半ば / JGAゴルフミュージアム所蔵)
スポルディング社製「アーガイル・クリーク」。ヘッド左側に見える「アンビル(金床)」の刻印は、1905年以降にスコットランドのダイサート工場で製造されたことを示す

 

クリークの語源と由来に関する諸説

 「クリーク」という名称の成立には、音と言葉の持つ意味、そして歴史的な背景が密接に関わっている。その由来については今なお議論が続いているが、主に以下の三つの視点から考察することができる。

 

⑴打球音の模倣と綴りの変遷  
 語源の一つとして、ボールを打った際の「カチン」という鋭い音を意味するゲール語の「Cleike」が挙げられる。初期の鉄製クラブが放つ硬質な響きが、戸口の鍵(LATCH =掛け金)をかける際の「カチッ」という音を連想させたことから、当初は「Click(クリック)」と呼ばれていた。それが時代を経て「Cleke」から現在の「Cleek」へと綴りが変化したと考えられている。

 

⑵形状に由来するスコットランド語の背景  
 スコットランド語としての「Cleek」には、「鉤(フック)」や「掴む道具」という意味がある。これは初期アイアン特有の、細身で湾曲した「鉤状(かぎじょう)」の形状を言い表したものである。鉄製クラブが奏でる「音」と、その独特な「形状」という二つの側面が重なり合い、いつしかこの道具を「クリーク」と呼ぶ由縁となったと考えられている。

 

⑶歴史的背景と伝来の形跡  
 名称の定着については、道具の転用や文化的な交流にまつわる有力な説も語り継がれている。一つは「歩行用杖説」であり、14世紀頃のゲール語でクラブを指した「cleatha(クレアサ)」が変化し、スコットランドで歩行用の杖を指すようになった「cleekie(クリーキー)」という言葉と結びついたとするものである。もう一つは「オランダ語起源説」で、クラブ全般を指すオランダ語の「kliek(クリーク)」が、ゴルフの伝来とともにスコットランドへ渡ったとする説である。実際に17世紀中頃のオランダの記録には「Scottish Cleek」との記述が確認されており、当時の国際的なゴルフ道具の交流を裏付けている。

 

初期のアイアン型クリークの形状と役割

 初期の鉄製クリークは、現代のアイアンとは対極にある独特の形状と機能を備えていた。鍛冶屋がハンマーで成形した薄い一枚板のブレードは、打面が極端に薄い「超シャローフェース」を形成しており、その細長く湾曲した外観が鋭い鉤爪のように見えたことが、前述した「鉤(Cleek)」という名の由来とも重なる。ロフトが少なく平らなこのクラブは、決してボールを上げて飛ばすための道具ではなく、その頑丈さを活かして起伏の激しいリンクスでボールを低く「転がす」あるいは「掻き出す」ための専用道具として重用されていた。

 

クリークメーカー

 この呼称の定着には、製造を担った職人たちのアイデンティティも深く関わっている。鉄製ヘッドを作る鍛冶屋たちは、農具などを作る一般的な鍛冶屋と自身を区別するため、あえて「クリークメーカー」という専門称号を名乗った。彼らは自らの誇りと品質の証として、ヘッドに独自の「クリークマーク(紋章)」を刻印し、その伝統を不動のものとした。つまり、クリークという言葉は、単なる道具の名称を超え、形状、音、そして職人の卓越した技術が重なり合って生まれたものであるといえる。

 

「ロングアイアン」としての普及と混乱

 1860年代に軟鉄が誕生すると、ジョン・グレイらによって「ロングアイアンとしてのクリーク」が製造され、広く普及し始める。しかし、当時はまだ名称の定義が極めて曖昧な時代であった。アプローチに用いる「パッティング・クリーク」から「ショート・クリーク」「ロング・クリーク」まで、ありとあらゆる種類の「鉄製クリーク」が混在しており、混迷の時代でもあった。

 

ウッド(木製)への転換期

 大きな転換期は1900年代初頭に訪れる。アイアン型のクリークは重心が高く、扱うには高度な技術を要した。そこでイングランド南西部ウェスト・ワード・ホー!のジャック・ギブソンが、より打ちやすさを求めて、木製のヘッドを取り付けた「ウッデン・クリーク(木製クリーク)」を考案した。
 この木製のクリークは、ボールを楽に上げたい富裕層や女性層から圧倒的な支持を集めた。その結果、アイアンであったはずのクリークは、次第に「ウッドクラブ」としての地位を確立し、現代へと続く4番ウッドの呼称として受け継がれることになったのである。(日本では5番ウッドの代名詞となっているが、本来は4番ウッドを指す)

 

文/井手口香

 

参考文献・参考URL
佐藤勲『ゴルフクラブの知と技』ユニバーサルゴルフ社、1992年
佐藤勲『私のゴルフ図書館』officeアイ・サトウ、1999年
Alistair Macdonald「The Cleek makers」
https://ourflockonline.wordpress.com/2013/10/16/the-cleekmakers/(参照2026-03-16)
 

 

 

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