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HISTORY ゴルフ用具

マッシー(Mashie)

 現代の5番アイアンに相当する「マッシー」は、ニブリックの次に誕生したアイアンクラブである。1890年頃に世に現れ、それまでのアイアンの概念を塗り替えていった。

 

トム・スチュワート社が製作したトム・モリスモデルの「スペード・マッシー」(JGAゴルフミュージアム所蔵)
スペード・マッシーは、1900年代初頭にセント・アンドリュースの職人オークタローニー(Auchterlonie)が製作したのが始まりとされる。

名称の「スペード」とは農具の一種(Shovel=足をかけて土を掘り起こす道具)を指し、現代の6番アイアンに相当する

 

語源にまつわる二つの説

 語源となった「mash」には、主に二つの有力な説が存在する。


1.    スレッジ・ハンマー(mash)説 19世紀の著名なクラブ職人ロバート・フォーガンの記録によれば、古くは「mash」と綴られていた。これはスコットランドの古語で、鍛冶屋が両手で振り下ろす大型のハンマー(スレッジ・ハンマー)を指す。このハンマーには「強力で決定的な」「なぐりつける道具」という意味があり、力強くボールを打ち抜くクラブの特性を象徴している。


2.    ビリヤードの「masse(マッセ)」説  キューを垂直に立てて打つ特殊なショット「マッセ」が転じたという説である。「mash」には「押しつぶす」という意味もあり、古くはマッシュポテトを作る道具をスレッジ・ハンマーと呼んでいたというユニークな関連性も指摘されている。

 

マッシーの象徴:ジョン・H・テーラー

 マッシーを語る上で欠かせないのが、全英オープン5勝を誇るプレーヤー、ジョン・H・テーラー(John Henry "J.H." Taylor, 1871–1963)である。当時の人気漫画家サー・レズリー・ワード(Sir Leslie Ward, 1851-1922)が、週刊誌『Vanity Fair』(1906年9月20日発行、第1976号)で彼を描いた際、その右手には誇らしげにマッシーが握られていた。このカリカチュア(風刺肖像画)が象徴するように、当時のゴルフ界において「マッシーの名手といえばテーラー」という認識が完全に定着していたのである。

 

Sir Leslie Ward ("Spy")作 「John Henry Taylor」(1906年 / JGAゴルフミュージアム所蔵) 
ジョン・H・テーラーのカリカチュア。当時の誌面では
タイトルに「John Henry Taylor」、
説明(キャプション)に「Golf」と添えられていた。
このときテーラーはすでに全英オープン3勝
 

名工たちの技

 マッシーの最初の製作者は定かではないが、このクラブを世に広め、その地位を確立させた名工として、ウィリアム・トムソンやアレックス・パトリックらの名が挙げられる。彼らの精緻な職人技によって、マッシーは現代のミドルアイアンへと繋がる進化の歩みを進めることとなった。

 

文/井手口香

 

参考文献
佐藤勲『ゴルフクラブの知と技』ユニバーサルゴルフ社、1992年
佐藤勲『私のゴルフ図書館』officeアイ・サトウ、1999年
日本ゴルフ協会ミュージアム運営委員会『JGAゴルフミュージアム公式ガイドブック』1987年
 

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